我々は、潜在的には皆バイオテロリストである

老人ホームなどに、家族の皆が祖父母をフェイス・トゥ・フェイスで訪問し、近況報告や世間話などをする。一見すればなんてことはない睦まじい光景だが、この行為は潜在的には感染症を拡大する危険性がある。

健康な若者は感染症に対して強く、インフルエンザなどにかかっても中々死にはしないが、持病のある人・生命システム脆弱な老人・病人にとっては、昨今話題のコロナウイルスに限らず、命を危険にさらしてしまう。

ディストピアとロックダウン

スペインかどこかの若者が、バランスボールらしき半透明のたまの中に入って外出している動画をツイッターで見た。見たときは笑ったが、未来におけるディストピアを見ているようでこわくもなった。

「人と会うこと」がリスクなのではなく、「人と対面することにより、ツバや体液に含まれる菌・ウイルスと触れる」ことがリスクである。だから、完全な防護服を住民の皆が常時着れるのなら、今世界各国で実施しているロックダウンもしなくて良い。

そして、その光景はディストピアじみている。

潜在的バイオテロリスト

飲食店やライブの自粛が求められているが、原理的に考えるならば、「人の密集する空間」は感染症の種類にかかわらず、常に社会にとっての危険性がある。

インフルエンザでも人は死ぬ。では、インフルエンザの流行りやすい冬の時期のライブ活動を自粛すべきなのかと考えだすと、キリがない。

無症状の人であっても、他人に病気を移すことはある。自分でも知らないうちに、間接的に100人の人間をあなたは殺しているかも知れない。

「間接的に、バイオテロリスト的に人を殺す可能性を排除するためにはどうすれば良いのか?」

引きこもるか、山で暮らすか、防護服を着て生活をするか。この3つの選択肢しかない。

感染症と自己責任

ある科学者が人工的にウイルスを作り、どこかにばらまいたとする。その科学者に「責任」を問えるのは間違いないが、自然発生した感染症を無自覚に広めた人に、責任は問えるだろうか。

有名なメアリー・マローンのケースでは、政府からの隔離命令を無視したため「罪」に問えたが、大半の不顕性感染者は、定期的に自己健診する習慣がない限り、検査されることもない。

自動車事故などと違って、感染症は犯人探しが困難である。会った人全員が原因でありうる。

それに、自然を訴えるわけにもいかない。

完全なコロナウイルス対策があるとすれば

本当は陸奥まじいはずの老人ホームへの訪問が、高齢者の罹患確率を上げてしまう。

また、これは”家族団欒”に対しても同様に作用する。愛する子供と触れ合うこと、一緒に出かけることも、潜在的には感染症の拡大につながる。

子どもに病気をうつさないことだけを目的とするなら、隔離生活を送るより他ない。それは流石に無茶でも、田舎で暮らして、なおかつ在宅の仕事をするなど擬似的な対策はとれる。

「子どもに対して最大限の補助・支援ができないのに産むことの是非」は反出生主義の主たる議題だが、上述の理屈を突き詰めれば、子どもを育てられるのは世界で一つのペアだけとなる。

一般論を展開してしまって申し訳ないが、病気になったら家族と合わず、隔離空間で引きこもるのが今後常識になってほしい。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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