なぜタレントは事業主※になれないのか

私見だが、テレビタレントは職人が多い。私がここで言う職人とは、与えられた環境で依頼された仕事を全力で(費用対効果など気にせず)遂行する人たちを指している。

それは道徳的に責めるべき事柄ではない。彼らはテレビという競争の激しい業界で生き残ってきた人たちである。全力で投入せねば淘汰されてしまっていただろう。我々の社会は、コスパではなく美意識や道徳によって動く人たちのおかげで成立している。豊かになっている。ある種の搾取と見做しうるかも知れないが……。

事業主たるタレント(失業保険もない!)が、なぜそこまで頑ななのか。勿論例外もいる。例外もいるというより、若い世代だと最初からYouTubeと並行して舞台・テレビ活動を視野に入れている。アルバイトで稼ぐよりは、エンタメで稼ぐ方が彼らの性に合うためだ。ネタをやりたいから、フリートークをしたいから、楽しませたいから芸人・芸能人等になったのであり、金を稼ぐためにタレントになったわけではないだろう。

閑話休題。

今、テレビに出ているタレント及び芸人の殆どは、テレビに出たくてタレントになった方々である。バラエティ番組に出たくて、テレビで見た憧れの人たちのようになりたくて、あるいは彼らとの共演を夢見て叩門した人たちだ。

つまり、元々あるしくみ・システムの競争を予め覚悟してから業界に飛び込んだ人たちである。計算が甘かったり、うまくいかなかったりはしたとしても、70〜80年代以降の伝統芸能化した芸能界は、何をすべきなのか明白だった。そこに如何に適合するかであった。

また、タレントは確かに個人事業主ではあるのだが、運営資金という概念が身体感覚にない。彼らは身一つで稼業を営んでいるのであり、もしかするとグラビアアイドルの方々などは、品のない言い方だが、己の”賞味期限”に自覚のある方が多いのかも知れず、いつ戦略を変えようか常に悩んでいる可能性が高い。

バブル崩壊の余波と美意識

副業の失敗は、芸能人・タレントの一種の心理的外傷として連綿と継承されている。

数億円の借金を背負った明石家さんま、不動産王から一気に転落した千昌夫。

彼らの物語は、テレビタレントをテレビにしがみつかせる強い動機・契機となった。

大金持ちにはなれずとも、テレビに出続けられたらそれで良い。なにもおかしくない。繰り返しになるが、そうなりたくて彼らは叩門したからだ。

また、事業を一つ抱えてしまうと、冗談を受け入れられない領域が一個発生する。たむらけんじは例外である。バラエティ番組で見せる挙動が、もしかすると事業・商品の購買に誘導しているのではないかという疑念が、タレント価値を減損させる。我々は一丸となってエンターテイメントを作り上げようとしているのに、君は一人で個人の利益を追求しているのか?

今では大分減ったが、お笑い芸人などが副業を営むことを ヨゴレ(好ましくないこと・誇りがないこと)と見做していた事情も言及に値するだろう。この価値観は、滅私奉公が美徳とされていた封建時代の空気がそのまま継承されたのだろうと私は目論んでいる。

まとめ

(新)事業は、需要がなければ続かない。また、競争から勝ち残る必要もある。

思うに、運営資金・利潤を確保するための計算は、タレントの精一杯さ、採算≒費用対効果とは対蹠地にある。同じ感覚でやってしまえば、待っているのは破産である。

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桜田真助
  • 桜田真助
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    平成大阪生まれ。Webライターとして活動中。仕事の依頼等はTwitterにお願いします。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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