格闘技とレギュラー・シーズンの開催不可能性

前回と話が続いています。

”強さ”という性質は、金属などの物体おいては固定された性質・形質として表現されうるが、対人競技においては勝利への期待値としたしか観測できない。

つまり、トーナメント形式、勝ち抜き形式、一発勝負などの形式では、もちろん年に120回トーナメントを開けるの44ら別だが、年に五回や六回の勝負で決定されるチャンピオン・ランキング一位選手より、年に120回の勝負により決定されるほうが、素朴な試論であることは承知の上で言うが、よりチャンピオンの選出に相応しいのである。

しかし、コンバットスポーツの大半においては、年120回の試合は不可能である。柔術なら可能かも知れないが、ボクシングで年に120回も試合をやれば確実に人体は壊れる。

(逆に言えば、人体に肉体・内臓ダメージや脳震盪の問題などがなければ、年に120回ボクシングの試合ができる)

格闘技は残酷である。年に数回しか試合ができないのに、その数回のうちの一回、不意にもらったパンチやキックでノックダウンされ、タイトル挑戦権を失ったりする。

(2021年4月25日に行われたクリス・ウェイドマン対ユライア・ホール戦では、ウェイドマンが1ラウンド目に放った一発のミスキックが勝敗を決してしまった)

一般の観客からすれば、実力差=期待値差など瑣末なファクターだが、選手からすればたまったものではない。いや、たまらないのは実力が上まわる選手の方であり、下回る選手からすれば実力差の反映しにくさはむしろありがたいのかも知れない。

(負けると分かっている勝負に挑むのは楽しいイベントではない)

Esportsとは違い、レギュラーシーズンがコンバットスポーツにおいて設置してないのは、フィジカル面に理由がある。ハードウェアとしての人体が、年100回のマッチに耐えられない。 

格闘技を好きになるしかない

贔屓のチームを応援するスタイルの応援では、そもそも試合数が少なすぎるし、なにより心がもたない。特定の選手を応援するだけでは、そのコンバットスポーツのコンテンツを堪能できない。

二人の選手が戦ったとき、一人の選手のファンだと勝ったときは素晴らしい気持ちだろうが、負けてしまったときのショックは人一倍大きい。次の試合がいつ行われるかもわからないし、あったとしても贔屓の選手が勝つかどうかもわからない。

阪神戦しか見ないで野球ファンを自認する人はいても、メイウェザーの試合しか見ないでボクシングファンを自認するものはいないだろう。

仕方ない負け、順当な負けあるいは勝ちよりも、不完全燃焼な勝ち負けがコンバットスポーツには多すぎる。特に総合格闘技はグローブが小さく、キックやサブミッションの存在故に、不意の勝ち負けが頻繁に発生する。

グローブとはパンチの威力を軽減させるのではなく、拳の骨折や皮膚のカット・流血を防ぐためのものである。両手に凶器を持って殴り合う。ボクシングならグローブを盾として活用できるが、総合格闘技だとそうもいかない。総合格闘技とは、両手に凶器を持って闘う競技なのだが、普通の人はそんなことに気づかない。

だから、私はデレク・ブランソンや五味隆典のファイティングスタイルに批判的である。

サッカー界隈におけるアンチ・フットボールなるワードがあるが、彼らの戦い方はアンチ・MMAだと思う。五味及びデレク・ブランソンは試合中にコンスタントに大振りのフックを振り回すが、これはいわばポーカーにおいて最初からオールインで相手の資金を枯渇させようとする作戦であり、年に二試合か三試合しかできない総合格闘技で、このようなファイティグスタイルの人と数少ない、一生のうちで数えるほどしかできない総合格闘技の試合を消費させられるのは、見てて辛いのだ。

年100試合以上のレギュラーシーズンが開催できるのなら、コンバットスポーツにおいてどんなブンブン丸が出てこようと私は文句を言わない。期待値相応の成績が出るだけだからだ。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@kingofgatayama
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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