存在し得ない矛盾と対立

ヘーゲルの言う矛盾」なる論文を読んでいる。この論文の筆者によれば、ヘーゲルに対し、「『矛盾が世界を動かす』なんてどうかしている」と批判することは、甚だしく的を外している。

古典的論理学の規則(定理)において、矛盾とはそもそも存在し得ないものである(=矛盾の存在化は不可能)。あるものがそこにあると同時に、無いとは言えない。

観念と矛盾

しかし、ヘーゲルの言う矛盾とはあくまでも「観念上の矛盾」でしかない(らしい)。「命題Pに関して、Pであり同時にPでない」ことを主張したわけではなく、あくまでも「対立」として矛盾があらわれる。

ヘーゲルは例として、「正の数」を「肯定的なもの」。そして「負の数」を「否定的なもの」として提出する。

そして、ヘーゲルにとって対立概念とは、他者によって定立するものである。…訳が分からない。

しかし、ヘーゲルが「古典的な矛盾律の原理」=「Aとそれを否定する非Aが同時に成立することはあり得ない」を破棄したわけではないことを了解して読み解いていけば、「まったくワケが分からない」状態からは一歩前進する。

当論文の筆者が挙げる例は、「上下」である。人が逆立ちしたとき、下とは足のある方向なのか、それとも頭側なのか。

この問いは、「物が落下する側」を下と規定することにより回避できる(足側を下としても良いが、それだとジャンプキックをしたとき下は横になる)。

上下という対立概念は、重力によって定立する。

矛盾・対立の推進力

“最強の格闘技”なるコンセプトが幻想・虚偽であることは以前に述べたが、幻想であってもそれは人を動かすモチベーション足りうる。

ちょうど、異種格闘技戦の起こりを思い起こせば良い。

(黒と白が対立概念足りうるのは、「色」という中立のコンセプトによってである)

最強を名乗る者・技術が2つあるとき、そこには権威・信憑性・確率・覇権・信用の問題が生じる。結果、小競り合いが起こるだろうし、当然「異種格闘技戦」も起こる。

「矛盾が推進力になる」という言説には、上述のニュアンスも込められており、また米ソ対立も代表的な「矛盾」状態だろう。相反するイデオロギーが2つ対峙するとき、どちらかが斃れなければならなくなる。

(「最強の格闘技」なるものが存在するためには、最強でない格闘技も必要になる。古武術だとか、ブルース・リーが警告した「偽の達人」がそれに該当するだろう)

対立関係が成り立たせる

上下あるいは左右は、対立関係なしに成立しない概念である。「右があるのなら、左もある」ではなく、「左右の対立概念」が、左右という概念を生む。

「卵が先が鶏が先か」といった話になったが、この場合(左右と左右の対立概念の誕生)は同時だろう。

世界が全て黄色(均質で同一性の)だったら、「黄色」なんてワードは生まれないだろう。色という概念が生まれるかどうかすら怪しい。

言い尽くせない現実

反省規定・または諸規定なるワードで表現されるが、我々は何かを認識する際に、認識するための諸規定・制約を必ず通す。

マルクスは、人間の”本質”を「社会的関係の総体」と評した。そして、ヘーゲルにとって「本質」とは、諸規定のなかで成立する普遍的な観念である。

“ただ見るだけ”では、反省もクソもない。当然「本質」も看取されない。

(少し話はずれてしまうが、”パターン”は本質の一面である)

現実は言い尽くせないが、それは現実が存在しないことを意味しない。諸規定の組み合わせが無限大にあることから、”現実”が無数の相貌を獲得する。

対立と緊張

「ポエジー(詩情)は矛盾している」なる興味深い言説がある。「ポエジーは、均衡するのもの対立、あるいは均衡するものの調和である。ポエジーは矛盾している」。

ここで言う「矛盾」は、古典論理学の矛盾とも、ヘーゲルの言う観念的な矛盾とも違う。しかし、本質的に、一つの共通するものがある。

この詩論を書いたのは西脇順三郎だが、西脇は「詩はアイロニーである」とも語っている。

私流に解釈すれば、「対立と調和の行方が事前決定されていない限りにおいて、そこにポエジー(詩情)が形態をもって想像のうちに現れる」である。

詩を読む人間は、詩人の知己であってはならない。比喩的には、「ボトルに手紙を入れて、どこかに流す」。

自分の子供が詩集を出したとして、それを詩として楽しめる親が果たしているだろうか? 楽しめることは楽しめるだろうが、そこにポエジーは発生しないだろう。

比喩に比喩を重ねて申し訳ないが、エディ・アルバレスの妻にとってのエディ・アルバレスの試合と似ている。この格闘家の妻は、夫の試合中金切り声で叫ぶことで有名だ。彼女は、試合を我々のように楽しんでいない。

コンバット・スポーツの試合も、対立(あるいは矛盾)の解消である。しかし、試合中に声を張り上げて夫を応援する妻にとっては、対立の解消などではなく、「ただただ無事に試合が終わり、なおかつ勝って欲しい」でしかない。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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