ダメージジーンズの良さは中途半端なところ

昔、「タトゥーなんてものを入れる理由が分からない。消えないし、消そうと思っても跡が残るのに」と言った男に対し

「そうではなく、タトゥーは『消えない』から入れるんですよ」と

そんなやり取りが交わされていたことを先ほど思い出した。

タトゥーは、もちろん柄や大きさ、入れる場所にもよるが、アウトローの象徴である。首にタトゥーを入れているカタギなどいない。

(歌手は別として)

「タトゥーを入れてるだけで偏見の目で見られる」と主張する輩がいるが、偏見の目で見られたいからタトゥーを入れた人間の方が大多数のはずだ。何を文句を付けているのだろう?

(「死んだ母親の名前を入れる」だとか、「心中立て」式に心に決めた恋人の名前を入れるなどは別である)

ダメージジーンズのイデオロギー

ダメージジーンズは、ある種のパンクファッションだと思っている。

一般的に、「かっこいい」「無難である」「オシャレである」と見なされているものの逆をあえて突き、世間の常識や感覚、社会そのものに反抗するポーズを取ってみせる。

ダメージジーンズはそうだろう。もちろん、バンド関係者でダメージジーンズを履いていても、音楽業界に反抗しているんだなとは誰も思わないが、少なくとも普通のサラリーマンはダメージジーンズを履かない。

(言い換えると、誰もがこぞってダメージジーンズを履き出せば、それはダメージジーンズのオーラの消失を意味する)

しかし、ダメージジーンズはタトゥーと違い、履かないこともできる。「行儀のよい世間・建前しか存在しないかのような世間」への反逆は示せても、ほんとうの反逆には繋がらない。

(世間のコミュニケーションが、建前だらけなのは皆分かっていることだ)

「本当の反逆ではない」というとカッコ悪いが、ダメージジーンズは「反逆のポーズ」でしかないのは確かである。

つまり、ダメージジーンズでアウトローは演出できない。

ダメージジーンズの良さと”メリット”

「ダメージジーンズなんて、中途半端なポーズしか取れない。軟派なファッションアイテムだ」と一蹴する立場はおかしくない。

しかし、冒頭に記したやりとり

「タトゥーは簡単に消すことが出来ないのに、なぜ入れるのか」

「簡単に消えないから入れるのだ」

これをダメージジーンズにあてはめると

「ダメージジーンズなんて中途半端だ」

「中途半端だから着るのだ」

になるだろう。

「タトゥーを入れてると怖がられる」とのたまう連中を私は軽蔑しているが、同時に「ダメージジーンズを履いても、誰もアウトロー扱いしてくれない」と のたまう連中も同じくらい軽蔑する。

中途半端なところ、すぐに履き替えられるところ、アウトローの象徴ではないこと、なおかつ「一般的な」ファッションコードからは外れているところ

これらがダメージジーンズの良さであり、メリットである。そこを否定しても、イズム。価値観の違いでしかない。

ホームレス風ファッション

「まるでホームレスかのような服を着る」人がいたとしたら、そいつはパンクファッションを徹底している男よりも覚悟は出来ているなと思う。

友達と食事に行けないだろうし、恋愛は厳しいだろうし、親にも理解はされない。

「着るタトゥー」があるとすれば、”ボロボロの臭い服”がそれに近い。むしろ、モテたりすることはない分、タトゥーより上かも知れない。

リアルなホームレス風ファッション>フェイス・ネックタトゥー>女性の丸坊主>顔と首以外のタトゥー

こんな不等号が作れる。

ダメージシャツとシミ付きシャツ

ダメージシャツを着るパンク女子はいても、シミ付きシャツを着るヤツはいない。だが彼らを「半端者」だとは思わない。

変わった服を着る目的は没個性的なファッションから脱出することであり、「不潔な人物」と目されることではない。

「服を選んだ意図」が認められないようなファッションは、そもそも失敗である。服装に気を使う目的とは

「私は、家にある服を無造作に選んで着ているわけではありません」と、アピールするところに本質がある。

また

「私は、近所の安い服を適当に買って着ているわけではありません」

というステートメントも、派生的に導き出される。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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