自転車の危険走行を擁護する

私はよく自転車を使う。毎日のように。そして、毎日のように通行人と接触したり、怒鳴られたりする。

そんな危険走法をしている張本人が、自転車の”危険走行”を擁護したいと思う。

1.そもそも、危険走行ではない

高齢者の方に多いが、少し脇を自転車で過ぎるだけで声を上げられる。

高齢者の主観のうちでは危ないのかもしれないが、こちらとしては全く危ない走行をしてあるつもりはないし、接触するラインにも触れていない。

ネット界隈で見かける「自転車の危険走行」は、もしかするとそんな高齢者の主観のなかにしか存在しない振る舞いなのではないかと密かににらんでいる。

2.ベルを鳴らすのがめんどくさい/鳴らしたくない

私は滅多に自転車のベルを鳴らさない。ここ十年は一度も鳴らしていないだろう。

原因はハッキリしていて、そもそもベルを鳴らす習慣のない人は鳴らさないからだ。逆にいうと、鳴らす人は鳴らす。

ベルを鳴らすということは、一瞬利き手のグリップを弱めることである。通常の自転車利用時にない動作だ。

私はいつも、ベルを鳴らすくらいならその人から距離をとって追い抜く。鳴らした方が危険性は低いのは確かだが、いつも後になってさっき鳴らしておけば良かったと思う。慣れない動作はパッと出てこない。交通事故もそうやって発生する。

3.人混みでも自転車を降りたくない

商店街でも、私は平気で自転車を使う。危ないのは確かである。だが、接触したところで大したスピードは出していないので、大きな事故にはならないとふんでいる。

自転車乗りは、歩きたくないから自転車に乗っているのだ。人混みでわざわざ自転車から降りるような奴は、よっぽどの下手くそだけである。

流石に人だらけの商店街での自転車走行は難しいが、不可能ではない。スピードをかなり緩める必要があるが、倒れそうになれば降りれば良いだけである。

4.事故になっても、怪我をするのは被害者である

車道は別だが、いわゆる自転車の危険走行は主に歩道においてなされる。つまり、衝突したとしても自転車側は大した被害が出ない。

彼らには倫理観が欠けているが、被害を受けるとしても自分ではなく他人がより被害を受けるだろうと人が予想するとき、危機感は薄れる。

他に例を挙げるとするならばSUVである。SUVは事故にあったときにより安全である一般に喧伝されており、それは人気の理由の一つになっている。しかし、安全であるのはあくまでも運転側であって、ぶつけられる方はセダンよりも危険なのだ。より重いのだから当然である。

「SUVを買いたいけど、歩行者にとってはより危険だからやめておこう」こんな風に考える人はいるか?

5.危険走行は楽しい

ジェットコースターに人はわざわざなぜ乗るのか。スリルを味わいたいというよりは、危機的な状況からの解放が楽しいからあれに皆乗るのである。お化け屋敷も同じ構造である。

危険走行は、金を払わずにジェットコースターである。しかも歩道を走るときには、命の危険にさらされない。

なぜ危険走行をするのかという問いに対し、「危険だからやるんだ」と答える人は少ないだろうが、意識的であれ無意識であれそうなのだ。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@kingofgatayama
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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