テクストして読んではならないテクスト

彼岸花という、あまり有名ではない絵本がある。あらすじは、親よりも早くに亡くなってしまった男の子が、神さまから許可をもらい、彼岸花となって母親に会いにいくというものだ。

著者である林有加さんは、和歌山毒カレー事件で、息子さんを亡くされている。これは、絵本のあとがき部分において、その背景が語られており、亡くなった息子さんが小学校の課題で提出した詩も、併録されている。

テクストとして読んでいいもの

あまり前述のエピソードと並列はしたくないのだが、言おうとすることと重なるので、また別のエピソードを展開する。

自分の子供が犯罪を犯したとき、子供の冤罪を頑なに主張する親がいる。物的証拠もしっかり上がってるし、目撃者もいるのに、「子どもが罪を否認している」ことを根拠に、わが子の無罪を主張する…。

このとき、親は色々と理屈を並べて「子どもが無罪である理由」を並べ立てるかもしれない。しかし、この親の主張を、我々は無視して良いテクストとして拒否できる。

アメリカの有名な大麻解放運動家トミー・チョンの娘・レイドーン・チョンが、オプラウィンフリーを差別的な用語で読んだとき、父トミーは娘を擁護した。

もしトミーとレイドーンが赤の他人なら、トミーの擁護発言はメディアからバッシングされていただろう…。だが、トミーの発言をそうはメディアは扱わなかった。

論争に参加しないこと

内田樹は、文系の論争は最終的に対立者の愚かさを指摘するに至ると言った

そもそも、論争・ディベートで勝とうと負けようと、発言権が奪われるわけではないのに、何をそんなに躍起になって勝とうとするのかと内田は問題提起している。

対立者の発言の場を奪おうとするのは、メッセージの受け取り手を信頼していない証であり、他人を「教化」すべきものだと認識しているから、そんなアクションに至るのだ…云々。

とすると、内田樹が幻冬舎のボイコットを日本の作家にアピールしたのは、いよいよ内田氏も日本人の良心・知性に絶望したことを意味するのだろうか? それは分からない。

…スラヴォイ・ジジェクは、ヘーゲルの弁証法をそれまでの使用法から離れ、”必ず当たる予言”として扱うことを著書で何度か唱えている。

ジジェクは、必ず当たる予言として、モハメド・アリが1996年アトランタオリンピックで見せた”威厳”を例に引いている。

モハメド・アリは、現役ボクサー時代、彼自身を「最強」だとメディアを通してアピールしていた。しかし、オリンピックの開会式で聖火を灯そうとしていたアリは、パーキンソン病でまともに歩けず、かつて彼が自称していた「最強」とは程遠いものだった…。

しかし、メディアはアリが彼の病魔を衆目に晒す勇気、重い病気にかかっていたとしても、尊厳を失わない態度を賞賛し、アリはこの地点において本当に「最強」になったのだ…というストーリーを作り上げた。

内田樹は、著書で繰り返し「学びとは、師が無限の叡智を蓄えていることを信じなければ行えない」ことを述べている。しかし、この見地はややもすると「この主張はおかしいが、語り手はこのメッセージを通して事件を注目させようとしている」など、盲信的態度を生みかねない。それでもいいと言う人も、当然いるだろうが……。

反論しない権利

「私の主張が正しいか正しくないかは、歴史が判断する」という態度は、健全だと思う。

この主張は間違いかもしれない。的外れかもしれないとびびって何も言わないより、間違いなら誰かが打ち倒してくれるだろうと信頼してメッセージを発する方が、より建設的だろう。

…トミー・チョンの差別発言擁護(?)がバッシングされなかったのは、彼が父親だからではなく、トミーの発言がそもそも対立者の反論をシャットダウンするためのメッセージだったからだ。

反論=反証=アンチテーゼを求めないメッセージ・命題に対し、我々は黙殺しても良いという命題を今ここに提出する。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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