英語能力の陳腐化は進行しきった

英語はアホでも話せる。アメリカやイギリスにいる五歳児が英語を話せているのがその証拠だ。

そのアホでも話せる英語を日本人はろくに話せないが、これはそもそも言語として違いすぎること、高等教育・専門教育が日本語で出来ること、一番には子供の頃から英語コンテンツに触れる機会が圧倒的に少ないことが挙げられる。教育は正直悪くないと思う。

東ティモールとポルトガル語

東ティモールというかつてポルトガルの植民地だった場所がある。アジアの旧植民地の例に漏れず、植民地だったわりにポルトガル語を流暢に話せる人の割合が5%と低比率なわけだが、ポルトガル諸国共同体(CPLP)の教育者派遣などもあり、公用語であり続けそうではある。

また、ASEAN諸国もどちらかと言えば東ティモールにおけるポルトガル語の普及・母語化はポルトガルやブラジルとの経済的繋がりの強化を意味するため、反発は少ないようだ。

オーストラリアに近いため、地理的に見れば英語の方が役に立ちそうなものだが、2022年現在、正直なところ英語能力は陳腐化している。

英語を話せたところで、絶対に平均でドイツ人やスウェーデン人には勝てず、オーストラリア人・シンガポール人・マレーシア人の観光やビジネスにしたったインドネシア・マレーシアと競合になるよりかは、ポルトガル語圏と”兄弟分”になった方が大局的視野に立てば良いのは間違いないのだ。

(テトゥン語にしたって首都周辺の民族の言葉に過ぎず、経済的にはテトゥン語は役に立たない)

英語とモノリンガリズム

英語は世界共通語である。第二外国語はほとんどの国で英語であり、理数系に限っては教授言語が自国語である国々でも英語で授業がとり行われている。

どんな見た目の人間が話そうと、誰も驚かないのが英語という言語であり、フランス語もそれに近いが、アジアにおいてはフランス語は一般的ではない。

もっと言えば、英語を話せようが誰も褒めてくれず、英語によるコンテンツ・情報は英語母語話者だけでなく世界中で共有される資産となってしまった。

民族宗教/世界宗教なる対立概念が存在するが、英語はいつのまにか世界言語になってしまった。英語能力というのは、武器・強みではなく前提になっている。

英語という言語は、話者同士にもっとも絆が発生しない言語である。

学術・科学の世界に触れられる言語

専門的に西洋哲学を勉強したければ、英語・フランス語・ドイツ語の能力は必須である。ヴェーダを勉強したければサンスクリットの知識が必要なように。

しかし、日本語のモノリンガルであっても抽象的な宗教・哲学にまつわる議題や科学に関する(科学に関しては、英語は必須だがまた後述する)話題に触れることはできる。これが、東ティモールの公用語の一つであるテトゥン語だとそうはいかない。そもそも文献がほとんどない。

英語能力にしたって、科学に関して言えばいわゆる用語と簡単な文法さえ覚えれば特に読むことだけはできる。話せなくとも、聞き取れなくても論文さえ読めれば問題ない。辞書も使えるし。

ある程度のメジャー言語、少なくとも公用語に指定されている言語であれば、テトゥン語などの例外を除きモノリンガルでも世界の叡智に触れることはできる。 

まとめ:英語を学んでよかったこと

電子掲示板 Reddit を巡回できるようになったことだ。それ以上でもない。英語の学術本も読めると言えば読めるが、脳みそが疲れすぎてあまり読めたくならない。

(日本語ならば有料でなければ触れられない情報に英語ならば無料で触れられる。それは英語の強みだ。だが、800円払えば日本語でも情報にはアクセスできる)

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@kingofgatayama
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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