報復死球はルールの欠陥ではない

「野球選手が、デッド―ボールを意図的に投げることがある」とネットで始めて目にしたとき、驚く前に軽い恐怖を覚えた。

(「デッドボールを投げる」なる表現の奇妙さには、目をつぶってください」)

この私の恐怖は、おそらくアニメ「MAJOR」において、主人公茂野吾郎の(生物学的)父親「本田茂治」が、デッドボールで死んだことに由来している。

アニメは現実ではないが、レイ・チャップマンは実際に頭部死球によって死んでいるし、死亡には至らずとも、頭部死球による脳震盪で選手生命を立たれた選手は数しれない。

おそらくデッドボールが足に当たるとか、腕に当たるとか、それで屈強な野球選手が亡くなることはないだろうが、怪我で休養を余儀なくされることもあるだろうし、引退につながったり、引退を早めてしまうこともあるだろう。

なのに、である。投手はバッターに、意図的にボールを投げることがある。

報復死球がなぜあるのか

野球の報復死球(故意死球)の機能は、アイスホッケーの乱闘に近いだろう。アイスホッケーの乱闘は、ルール下にしっかりと扱いが記載されており、最低でも5分間の退場が言い渡されるが、悪質なものでない限り、深刻なペナルティはない。

この動画を見ると分かるが、アイスホッケーのリンクは踏ん張りがきかず、「手打ち」のパンチとなる。どんな屈強な男も、手打ちでは防具を身に着けた男をノックアウトできない。

野球(スポーツ)には不文律がある。法律が「ルール・規則」だとすれば、不文律は”マナー”に相当するだろう。

例えば、ビーンボール(頭部近くへの球)など危険な投球をくりだす投手を抑止するために、報復死球(ホッケーにおける乱闘)で、それを抑止する。得点を大げさに喜ぶなどのマナー違反を抑止できる。(抑止効果がある)

「得点を大げさに喜んだくらいで、死球なんか出すな」というのは、また別の話だ。MLBは、リーグの始まりが1876年である。昔の美意識をずっと引きずっているのだろう。戦前から会社がある吉本興業が、「借金をしてでも後輩におごる」文化を引きずっているのと同じだ。

ルールで調整できないか?

NHLの殴り合いは、正直見てておもしろい。スカッとする。ホッケーファンにも、殴り合いのファンが多い。

でも、「報復死球が好きだ」「ワクワクする」という野球ファンは聞いたことがない。否定派も多いし、肯定派も「必要悪」として位置づけている。

「マナー」は、「ルール」にできる。しかし、野球のレギュレーションには「危険球退場」というものがあり、頭部をかすめそうな球を何度も投げる投手は退場にされるし、死球が連続すると退場にされる。すでに、ルールで規制されている。

「意図的な死球」だけを禁止にはできない。なぜなら、意図があったかどうかの立証が困難だからだ。究極的にはできない。

二塁に進める

「死球を受けた打者は、2塁に進塁する」とルールを変更すれば、報復死球はなくなるだろうか?

それは分からないが、「デッドボール」→ホームランと同じ扱い。ベース一周にすれば、報復死球はほぼ完全になくなる。しかし、それではワザと球に選手が当たりに行くのは間違いなく、投手もインコースに投げようとしなくなり、競技の洗練度が下がってしまうだろう。

「二塁までの進塁」に変えても、抑止力にはあまりならなさそうな気もする。むしろ、チーム間で「死球発生後のネクストバッターは、ファールで粘らない」などの新しい不文律が誕生してしまいそうだ。それでは意味がない。

物理的な解決

「抑止力」と言ったが、報復死球・殴り合いで予防しているのは、より大きなケガ・外傷である。選手生命を絶ちうる危険プレーを未然に防ぐため、報復死球は存在している。

とすると、現代的なクリケット選手のように、全身を防具で固めてしまえば、”危険球”もなくなる。正確には、”危険球”という概念がなくなる。どれだけインコースに攻めていようが、ただのフォアボールだ。

これは、もっとも現実的な解決策だろう。実際に、クリケットでは「デッドボール」はない。バットが平たく、得点になる方向が360度なので(ファールゾーンがない)、「自分の体に向かってくるボール」を打つのは、クリケットのバッティングの一部である。

マナー違反に私刑を与えられるか

サッカーだと、挑発行為をしても処分するのは「協会」である。報復死球のような、民主的な私刑はめったにない。

(報復死球は実質的に「私刑」だ。審判=国家=法律であり、仕返しのデッドボールはヤクザの暴力と同質)

ただし、サッカーだと「削る」行為などによる、接触プレーで「報復」あるいは「制裁」を与えられる。これがないと、選手の民度は下がるだろうと予想できる。

該当スポーツに仕返し・報復がなくとも、競技は十分に成り立つ。しかし、世の中には文明的な仕草を、暴力と権威を直接叩き込まれないと実行できないタイプの人間がいる。

(リミテッド)「コンタクトスポーツ」にとって、報復文化は必要悪だと私は考えている。報復文化は、スポーツに気品を与え、「汚い」プレーを減少させる。(「報復行為」への処分・規制が重すぎては成立しない。誰も私刑を試みない)

スポーツマンシップとリスペクトがなく、お互いに侮辱し合うような関係にいる競技者同士の試合は、スポーツの純粋な感動を台無しにしてしまう。それは望ましくない。

プロレスの「悪玉」「善玉」が、ステレオタイプな、紋切り型の分かりやすい対立構造を聴衆に提示するのには、それなりの理由があるのだ。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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