サルトルのアナロゴンと情報の劣化

糸電話だろうと口伝えだろうと、情報というのは「劣化」していく。尾ひれがついてくる。改変される。

例えば「隣の高橋さんの旦那さん、最近あんまり家に帰ってきていないわね」という話が、いつのまにか「繁華街で奥さんじゃない女性と腕を組んで歩いていた」「高橋さん家の旦那さん、浮気しているらしいわよ」に変容する。

忙しくて残業続きなだけなのに、それがいつのまにか隠し子がいることになる。噂話とはそういうものだが、「高橋さんちの旦那さん、最近トマトを食べるようになったらしいわよ」なる情報に、いったい如何ほどのエンタメ性があるというのか。

そんな情報は広まらないし、人に話したくなることでもない。聞き流されてしまい終わる。

「情報というのは、年月や人伝えの回数などにより、どんどん劣化していく」と考えてもおかしくはないが、ここで逆転の発想で「情報は、何一つ劣化しない」と考えるとどうなるのか?

人は何故、絵を鑑賞するのか

「人が絵画を見るのは、その絵を見たいからではなく、その絵を見ることによって創造的対象を構成したいがためである」と、サルトルは言ったらしい(47ページ)。

絵画ではなく料理を想定すればより分かりやすいが、我々はその料理を食べたいのではなく、その料理を食べたことによって発生する快楽を得たいがために食べる。

その料理が料理なのか? それよりも、我々が料理を口を運んだときに感じた感覚・感情・体験こそ料理=アナロゴンなのではないか?

現代人からすると、サルトルのそもそもの芸術の定義「非現実的なもの」「美しいもの」が、昨今のアートシーンに合わないように思えているが、そこには目をつぶって論を見ていくと、新たな知見が得られる。

サルトルは、「アナロゴン」なるワードを用いて、「人が芸術を鑑賞する理由」を説明しようとする。

一つ交響曲があったとして、その交響曲は単なる音の集まりに過ぎず、我々はその交響曲のアナロゴンを見たいがために鑑賞する。

クラシック音楽の指揮者チェリビダッケが、「楽譜というのは、料理人にとってのレシピに過ぎない」と語っていたが、サルトルの語る音楽論と通じるものがある。

(「音を鳴らせば音楽なのではなく、『何ものかが』『超えたものが』音楽になる」)

サルトルは、(哲学上な用法における)精神分析的な考察を行っている。ラカンの言う対象aを思い起こさせる。

ラカンの対象a(のテーゼ)とは、欲望の根源となるような欲望の対象であり、決して獲得することができないとのラカンの主張である。

「誰もが追い求めているのに、絶対に捕まらないってどういうことだ?」と思うだろうが、私は「(人の)欲望は、満足することができない」を言い換えたものとして了承している。

また、作品Aにしたって、その作品Aがもたらす(であろう)心理作用は、予測不可能だし、定義づける事もできない。モナリザを見て退屈がる人もいれば、女性として惹かれ、魅入られるこもある。

しかし、作品Aは作品Aである。

どんな小説だろうと、その作品を一番読み込んでいるのは作者である。その作品を客観的に分かっているかはともかく、詳しいのも作者だろう。情景描写だって、読者以上に理解している。

ここで、作者→読者の関係を、一次情報と二次情報のアナロジーで捉えることに反論はしないが、そうではなく「情報は劣化しない」を前提条件とすれば、当然作品は劣化していかないし、アナロゴン=我々の作品体験も劣化しない。

作品内の情報、あるいは作品自体の形式というのは、年代を経るごとにどんどん古びて(いると見なされる)いくし、いわゆる誤読もどんどん発生していくだろう。そして、作品自体は、アナロゴンを得るための媒体に過ぎないのだから、劣化なる概念は意味を成さなくなる。

アナロゴンに劣化があるとすれば、それは鑑賞者の劣化である。

伝言ゲームの正確さ

バラエティ番組の伝言ゲームプログラムで、最初は「松本人志」だったのが、最後に「斉藤和義」と聞き間違えられ、”答え”として提出されたとする。

ここで、最後に名前を答える一つ前の人間が「斉藤和義」と答え、最後の人が「斉藤和義」と答えたのなら、少なくともラストの人は「正解」である。

そして、情報というのは本質的に不完全である。完全な情報というのはない。誤解だとか、誤読はどんどん連なっていくが、その情報の中でも決して失われないものはあると、私は信じている。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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