アナロジーの限界が、世界の限界である

光源でない限り、我々が見ている「色」というのは、あくまでも光の反射であって、可視光線を全て含む白色光が太陽から届いているからこそ、人類はかのような豊かな色彩を享受できている。

構造色や色素など、「色」は全くもって一元的な要素ではなく、この自然世界を光が長い旅(光からすれば短い旅だろうが)通過しなければ認識できない。私はこれを「美しい」と思う。

…高校2年生の頃、2週間ほど入院したことがあり、ついに学校に戻れたとき、皆の「若さ」のようなものに圧倒されたことを今でも思い出すが、あの「感じ」「感覚」は、若い人から中長期間離れていないと、掴みきれない落差だろう。

あのとき、「老い」のもつ物悲しさと、対象的な「若さ」に感動したものだが、この体験からOldnessとYoungnessを演繹的に説明してしまってはダメなような気がした。神秘体験に近接した「特殊体験」だからだ。

アナロジーの罠

出典は忘れたが、「哲学の『思考』は、人間の感覚器官(身体器官)のアナロジーになってしまっている」と読んだことがある。

「理解する」にしろ、我々がものを掴んだり、なにか見たりする過程から、抽象的な「理解する」になってしまっている云々。

アナロジー(思考)を批判していたわけだが、アナロジーは回避不可能であり、そういった意味で「イデオロギー」に近い。

たとえ話でロジックを展開する連中は基本的に大嫌いだが、(イエスは語っていた相手が教育のない民だから良しとする。島田紳助は笑えるから良しとする)、言語の比喩性・象徴性は原則的に回避不可能である。例外はプログラミング言語だけだろう。

身体感覚のアナロジカルな演繹を阻却したいのなら、まず初めに「あなたの身体を忘れて下さい」と言って欲しい。ついでに言うが、「ここでいう『存在』『認識』は、日常言語で使うものとは意味が違います」とも伝えて欲しかった。

  • 哲学上の言語は、自然言語とは違う
  • 用語には、本一冊分くらいのコンテクストがある
  • 意味がわからなくても、とりあえず宙吊り状態のまま読み通せ。そのうち分かる

最初から言ってくれよと

新しい隠語

YouTubeなどで  (((who))) などと丸カッコを人名や人称に付けているのをたまに見かける。この丸カッコはユダヤ人の影響だとかユダヤ人の暗躍を示唆したいときに使われる隠語だが、かなり新しい表現である。私は、今年に入って見つけた。

隠語は、「自由な表現」が許されないところで発達する。「ユダヤ人を抹殺しろ」と言っても社会的地位に何も影響がない社会で、(((who))) などと言い出しても流行らないし、トータル的にナンセンスである。

((())) meaning で検索しても、誰も解説しているものがいなかったので不思議だったが、googleが検索ワードとしてカッコをカウントしないことを思い出した。丸カッコを意味するparentheses と meaning をあわせて検索して、やっとこのページにたどり着けた。

これは、新しい時代の隠語である。検索避けにもなる(アルゴリズムによる自動的な排除もされない。YouTubeなどでは、歴史教育を目的としたものであっても、鉤十字が動画上に現れれば、デマネタイズ(収益化拒否)している)

丸かっこをアルゴリズムでBANするわけにもいかないし、検索もし辛いし、興味深い言葉遣いを白人ナショナリストが見つけましたね。

アナロジーの限界をどこに設定するのか

ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」を、「まるでプログラミング言語について語ってるみたいだ」との感想を抱く人は多い。私も、プログラミングの仕組みを多少知ってから、やっとウィトゲンシュタインの言説の像を型どれた。

「アナロジーを作るな」というのは、「言語を含め、記憶を消去しろ」と言っているに等しい。しかし(?)、「プログラミングの限界が、世界の限界である」と、アナロジーの原型と対象を溶解させてしまうと、呪術になってしまう。

「アナロジーの限界」に意識を向けていないと、真理と身体が一体化した「一点突破 全面展開」理論を展開しかねない。「道を極めしものは、真理のイデアに至る」……そんなハズはない。

アナロジーの限界は、各人が配慮して設定すべきである。こちらの考察「観念論とコンタクトレンズ」では、コンタクトレンズを手がかりとして、独我論的観念論を打破できないか模索しているが、このような姿勢が望ましい。

繰り返すが、比喩はロジックとして扱うべきではない。たとえ話はあくまでもたとえ話であり、論説の補強・はしためとして駆動させるべきだ。

…問題は、アナロジーを極性化・極大化・拡大適応・拡大解釈した思考形式の魅力である。あなたは、あなたの好きな言葉、好きな武器、好きなスタイルで、世界を説明しつくせる。アナロジーの魅力に抗わないほうが、幸せになれるかも知れない。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です