子は親に殺されていないことに感謝すべきか

ダブルバインドの一例としてよく挙げられるのは、ときどき冷たかったり優しかったりする親である。子どもは両親が自分のことを好きなのか好きじゃないのかで悩み、一方的に愛情を押し付けられるよりも憎しみをぶつけられるよりも悩む……なるセオリー・テーゼがある。

だが、「殺されていないだけありがたいと思え」と言われたら、子どもはどう反応するのだろう。

殺害に値する子どもはなかなかいないだろうが、どれだけ虐待を受けようとあなたがその親に生かされていることは確かである。

また、ご飯をくれたり服を洗濯してくれたり寝床を用意してくれてもいる。

(これをしてくれない両親は、通報すれば親権が剥奪される)

通報しても親権を剥奪されない程度の虐待を受けている状態では、ずっとあんたなんか嫌い生まなきゃよかったと言われ続けるにしても、あなたが生かされていることは確かである。

生かされていることに感謝する

「自分を殺してしまったりしつけの範囲を超えた虐待をすると警察に通報されてしまう。服役の可能性がある。だから生かされている」

こう考えれば、愛憎のダブルバインドは解消される。しかし、常に命の危険を感じながら同居しているなら別だが、大体はそんなことはなく毎日が過ぎていく。そしてたまに怒鳴られたり、殴られたりする。

愛憎のダブルバインド状態である。

このダブルバインド状態から脱出するには、両親の思想及びイデオロギーを完全にデモナイズ=悪魔化しなければならない。

どんな悲惨な家庭でも、良い思い出が一つもないところは珍しい。両親及び両親の完全な否定は困難を極める。

子どもは親の所有物である

虐待及び子殺しの禁止は全世界的に通底しているが、貧乏人が子供を持つことは禁止されていない。

ある家庭は高校生のころから家庭を手伝わねばならないのに、もう一つの別の家庭は家事は全て家政婦が行い、生涯働かなくとも良い。

人権とはいうが、この格差の存在から「子どもは親の所有物である」が導き出せる。少なくとも、所有物であるかのように扱える。家政婦・労働力としても扱える。

ペットボトルと同じで、処分方法に規定があるだけなのだ。

憎悪とダブルバインド 

私は大学生のころ、ファミリーマートで働いていた。そこでバイトリーダーの男とよく揉めていて、何度か説教を食らった。

だが、彼は私を殺そうとはしなかったし、説教も毎回ではなかった。なにも言わない日もあった。

私がデスノートを所持していたとして、彼を殺すだろうか? そこまで憎んでいない。説教は理不尽で頻繁に発生したが、就業時間が過ぎれば家に帰してくれた。暴力も振るわれていない。

だが、そのバイトリーダーの男がデスノートを持ったとして、自分はそのノートに名前を書かれただろうか? あいつなら書きそうな気もする。

間に合うかどうかは分からないが、バイトリーダーが私の名前をデスノートに書けば、私も彼の名前をデスノートに書く。躊躇いなく。

良い人も悪い人もいること

日本は昨年2019年に調査捕鯨から商業捕鯨に移行したが、日本人全員が捕鯨に賛成しているわけではないし、日本の政府機関全てが捕鯨に賛成しているわけではない。

水産庁は当然捕鯨推進派だが、外務省は捕鯨に反捕鯨国の要請に譲歩の姿勢を表明している。

「この人から好かれている」あるいは「この人から嫌われている」と思っていられる状態よりも、愛憎のダブルバインド状態が人間にとって苦痛ならば、世論あるいは人間の意見というのは片方に極性化するものだと演繹・予想できる。

「日本人全員が悪いわけではない」と信じることは、「日本人みんな良い人」と信じることより、「日本人みんな悪い人」と信じることより難しいことになる。

反対意見が極性化する定めにあるのなら、国民は二極化され分断されるのも定めだ。

オーストラリアで日本製品のボイコットを主導・実践している人全員が「日本人は皆悪い人」と認識しているわけではないだろう。だが、行動の上では日本国・日本人・日本企業への全面的な攻撃になっている。 

比喩的に言えば、日本人を見かけしだい殴っているのと変わらない。

「それは捕鯨を止めるために必要なのだ」と彼らは言うかも知れない。しかし、それは」革命に犠牲はつきもの」と言っているのに等しい。

普通の人は自分が悪いことをしていると自覚しながら悪いことをすることに葛藤を感じる。ほんとうにそれが善なのか悪なのかはおいといて、集団行動には自己正当化が伴う。その自己正当化は、攻撃対象のデモナイズ=悪魔化によって補強される。

共和党と民主党

アメリカの政治・世論状況は一つの都合の良い例だが、堕胎に反対してるが銃所持には反対するポリシーはありうる。

共和党のスタンスである反堕胎・民間武装の権利・小さな政府・移民条件の厳格化など、それぞれのトピックに対して異なるスタンスがあっても良さそうなのに、人はなんだかんだ支持政党のスタンスに似てきてしまう。

今アメリカで発生しているBLM=ブラックライブズマターをめぐるスタンスの対立は、必然的な理論的帰結である。

是非フォローしてください

最新の情報をお伝えします

桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

1件のピンバック

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です