ポジティブな悲観主義者になる方法

スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェクが、面白いことを言っていた。

「私はペシミスト(悲観主義者)です。でも、ペシミストであることはそう悪くありません。なぜなら、日常の中でいいことがあると、それをペシミストなら喜べます。

逆に、オプティミスト(楽観主義者)は最悪です。毎日嫌なことが起こります」

ポジティブシンキングとネガティブシンキング

今風の日本の言葉(?)で言うなら、「あらかじめハードルを下げておく」態度に相当するだろう。

友達にお金を貸すとき、初めから帰ってこないものだと思っておけば、仮に返ってきたときそれは臨時収入になる。

だが、人が通常ポジティブ/ネガティブを対立させて語るとき、ジジェクの言及する内容とは異なる見地が導き出される。

私はポジティブシンキング推奨者ではないが、ツイッターなどでハッシュタグを大量につけて、他人を鼓舞したり「ポジティブに生きよう」とメッセージを発信する人達に対し、好意的である。

だが、ジジェクの言わんとすることも分かる。

「我々とは違う言葉の使い方をしているだけ」と一蹴してしまうには惜しい。

そこで、ジジェクの言うペシミスト/オプティミストの対立と、日本風のネガティブ/ポジティブの対立を区分し、皆さんを慰労・鼓舞したいと思う。 

不安と未来

不安とは、いつだって未来に対する不安である。仮にあなたが大貴族の奴隷で、それなりの安全な生活を送れている場合、不安の大部分は消し去る。

これをポジティブに捉えて、自由であるからこそ不安を感じられるのだと気分を反転させられるかも知れないが、それで気分がマシになる人間は、そもそも不安とは無縁だろう。

楽観的態度にしろ、悲観的態度にしろ、”観る”のは未来だ。

しかし、未来設計が皆無な刹那的生き方をして、後に後悔しない人は珍しい。

私を含め大半の人間は、未来に対してメタ不安を抱く。「そのうち、私は不安を感じるのではないか?」とメタ的に不安を感じ始める。

この状況に至ると、実生活とは乖離して不安が募り始める。精神衛生上よろしくはない。

未来を楽観視することは推奨しないが、”私”の未来に関してはポジティブシンキングを推奨する。

状況は刻々と悪化する世相のなかで、”私”は生き残るのだという態度は、メリットからデメリットを引いた合計値が最大になる。

世界はおかしなことだらけだが、私はおかしなことに巻き込まれて破滅させられたりはしないと信じれば、景気を病的に観察することはなくなる。結果、生活はシンプルになる。

自責と他責

何か悪いことがおこったとき、失敗したとき、自分を責めるタイプの人間と、他人を責めるタイプの人間がいる。

結論から言うと、「自分一人の力だけでは、どうしようもないことがある」と本当に思えないと、精神的健康には程遠くなる。

ホロコーストのような極限状態を生き残った少なくない割合の人間は、サバイバーズギルトなるものを抱く。

生き残った者の罪悪感と訳せるワードだが、この状況においてはポジティブとネガティブなる二項の対立が意味をなさなくなる。

サバイバーズギルトを感じる者たちが観ているのは、過去だからだ。

私はなぜ生き残ったのか、生き残ってしまったのか、彼らはなぜ死なねばならなかったのか……。

人に嫌がらせをしてはいけませんだとか、人を殴ってはいけません。人を殺してはいけません。

既存の道徳倫理からは、私はなぜ生き残ったのかなる問いの答えは導けない。

…責任の所在なるコンセプトそのものが、あまりに人間的になのだと思う。”罪人”は必要だが、これは人間に寿命があるから発生したペナルティに過ぎない。

とてつもなく悪い状況にいるとき、あるいはもう人生の上がり目がなさそうなとき、すべきなのは原因と犯人探しではなく、原因と犯人探しを止めることだ。

変化に対する耐性と自信

自分に自信がないことは悪ではない。むしろ、向上心すら呼び起こさない敗北者より好ましい。

“踏み出す勇気”なるワードがあるが、そもそも生活の変化に対する耐性がなければ、一歩を踏み出さないだろう。

水から出たら死ぬ生き物がいたとして、陸に上がる行為は自殺行為にしかならない。

いわゆる”ネガティブ”と呼ばれる人たちのなかに、環境の変化・新たな挑戦に多大なるストレスを感じるあまり、酸っぱいブドウ理論で”ネガティブ”な観点を耳につけてしまうタイプがいる。

新しい生活・新しい情報は、脳内処理に時間がかかる。

だが、いつまでこの生活が続くのか? そして、自分は将来後悔しないだろうか(”不安にならないだろうか?”ではなく)と真剣に考えたとき、心のざわつきを覚えたのなら、何かにチャレンジすべき合図だろう。

ジジェクはペシミストかも知れないが、世界を見る”私”に対して自信はある。

「刻々と変化し、状況が一向によくなりそうもないこの世界で生き残るには、何をすべきなのか?」

その問いに答え続けようとする生活を選択する限り、メタ的な不安は発生しない。そして、具体的な不安…現行プロジェクトの成否など…は、排除してしまえば、刹那的な選択肢しか残されない。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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