帰属意識を与えてくれるものがない(のだろうか?)

一口に「大阪」と言っても、だんじりで盛り上がる地域と盛り上がらない地域がある。だんじりの伝統は大阪全域に渡っているわけではない。

だんじりの季節になると、岸和田とかそこらへんの人間がまつりを取り仕切る青年団の悪口を言い出すのは季節の風物詩だが、いい加減飽きた。大阪市北部の人間からしたらどうでもいい話である。

東大阪というといつも「工場」が関連ワードとして持ち出されるが、僕の生まれ育った地域にはなく、ただのベッドタウンである。

僕に大阪という土地に愛着があるかというとあまりない。広すぎるからだろうか?よく、「尼崎は大阪」「尼崎は大阪のようなもの」と言われているが、だんじり大阪人よりは文化的背景は共通していると思う。でも、特別仲間意識があるかというと、僕にはない。

愛国心とか愛郷心に憧れる

日本代表のスポーツ選手を心の底から応援できたら楽しいだろうが、自分とこの人(ら)になんの関係があるのだろうとイマイチのれない。

しかし、地元の有名人(成功者)にまったく興味がないわけではないので、帰属意識(集団意識?グループ・アイデンティティ)はある。ここがなかったらかなりサイコパスっぽいな。

大阪というか、大阪人が活躍しても嬉しいかと言われると、別にそうではない。関西弁に愛着はあるが、慣れ親しんだものへの愛着だと思う。

新大阪駅を見ると、ホッとするのは確かにそうだ。…もしかしたら、僕は結構「地元LOVE」な人間なのだろうか?

秩父と蕨市だって、同じ埼玉である

人間が「コミュニティ」として帰属意識を感じられる限界は、2万人か3万人だと聞いたことがある。

それに、秩父市と蕨市だって同じ埼玉だけど、同じ文脈では語れないだろうと思う。

ここを見誤ってしまうと、心にしこりがのこって、ありもしない(達成できもしない・満たされない)帰属意識を追い求め続けてしまうだろうという直感がある。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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