たぶん、あれはセルフネグレクトだった

セルフネグレクトなるご大層なワードを、自分に適用しても良いのだろうかという葛藤がある。

戦争帰りのベテラン兵のPTSD(心理的外傷障害)が問題視されているが、あれは「幸せになってはならない」と無意識に自分を戒めているのだろうか?

それとも、度重なるフラッシュバックで、通常の業務が行えず、やむを得ずホームレスになっているのだろうか。謎である。

一元論的に(この場合は、PTSD一元論)物事を語る有効なのかどうか、疑問に思う。

しかし、戦争経験者に統計的に有意な現象が見受けられるのなら、国民である彼らが自国で苦しんでいるのなら、そして、軍人年金が財政を圧迫している現状がある以上、研究には値するだろう。

セルフネグレクトなる概念が不思議なのは、行動を自己決定しているはずなのに、助けが必要だと周りから判断されることである。人は原則「したくないことはできない」のに、「この者は、したくないことをしている」と判断される不思議さ。

こちらのセルフネグレクトのまとめでは、「正常な精神をもつものが、結果をわかってしている分は、セルフネグレクトではない」(9ページ)とある。

(確か、汚れの研究のために自ら風呂に入らなかった研究者がカナダかどっかにいたが、その研究者は自分をネグレクトしたいわけではなかったと判断できる)

精神疾患あるいは認知障害がないと、セルフネグレクトの認定はされないならしいが、例えば失恋のショックで風呂にしばらく入れなくなる人など、ありふれている。

恒常性は必要だろう。失恋きっかけであっても、それが数ヶ月数年続くようであれば、助けを必要としていると判断しうる。

事後判断とセルフネグレクト

「あのとき、自分は何もかも億劫になったり、身だしなみに気をつけなくなってたけど、あれは何だったんだろう?」と思い返したとき、説明がつかない。

彼(あるいは私)は、他人を悪臭で不愉快にさせたいわけでもなく、不潔にして嫌がられたいフェティッシュがあるわけでもない。自分をないがしろにして、興奮があるわけでもない。

人生の目標もおぼろげにある。しかし、何もかもサボタージュしていた。そのとき

「ああ、自分はセルフネグレクトしていたんだな」と事後的に判断される。

完璧主義とセルフネグレクト

「セルフネグレクト」と判断されるには、それなりに深刻である必要がある。セルフハンディキャッピングという概念があるように、自分を不必要に不利な状況にわざと置くのは、珍しいことではないからだ。

しかし、完璧主義的態度が、自罰行為を助長させるのは間違いない。完璧主義者は、精神疾患にかかりやすいという調査結果があるが、さもありなんである。

「体を洗おうと思えば、隅々まで洗う必要がある」という予感が、完璧主義者を挫かせる。

やったところで何になるんだ? というのもあるかも知れない。

身だしなみに気をつけてどうなるんだ。ヒゲを剃ってそれが何になるんだ。飯を食べて何になるんだ…。

たぶん、セルフネグレクト状態だった

テレビで「孤独死」の特集を「ダラケ!」でしていた。死体が腐臭を部屋外に放つまで、死んだことに気付かれなかった老人の部屋に並んでいたのが、尿入のペッドボトルである。

「これは、セルフネグレクトの兆候です」と専門家が述べていたが、自分も大学時代にまったく同じことをしていた。

専門家でもないのに自己判断するのはおこがましいし、そもそもカウンセラーも自分のカウセリングはできないと聞いたことがある。だが、自分がちょっと大学時代におかしな精神状態にあったのは確かだと思う。

別に私は、そしておそらくその孤独死した老人も、「自分をいじめる」「自分をないがしろにする」ことが目的ではなかったと推測できる。

私もべつに、小便をペットボトルにためる趣味があったわけではない。

私にそのとき見えていたのは、消極的選択肢である。わざわざトイレに行くのもめんどくさいし、ペットボトルにするのもめんどくさいが、トイレまで歩くくらいなら、ベッドから出ずにする。

自分を苦しめたいわけではないのだ。ただひたすらに、「やりたくないことはやらない」を。ストイック(?)に追求した結果そうなったのである。

それを積み重ねていくと、ゴミ屋敷が出来上がった。9畳の部屋だったから、退出時にそれほど困らなかった。めでたしめでたし……?

桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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