「これは冗談ですよ」というサイン

こちらは冗談のつもりなのに、冗談と受け取られず、ほんとうに言っていると思われる。私に限らず、よくあることである。

「冗談を言わない人」というのは確かに存在していて、そういった人は全てが「真剣語※造語」である。

完全に冗談を言わない人というのはめったにいない。冗談は人気のコミュニケーションツールだ。失敗したら死ぬと思っている人間に、「そんなことはないよ」と言えるのが冗談だし、その場の「空気」を変えてくれるのも、「冗談」である。

冗談が冗談として受け取られないケース

イチナナライブやtwitchでストリーミング中の人に冗談をとばしたのに、配信主からは冗談と認識されなかったことを強く記憶している。

しかし、YouTubeライブでそのようなことが起こったことはない。理由は見当がついており、それは名前だ。

わたしはイチナナライブとtwitchでは、名前を英語(日本人的な名字)と数字の組み合わせという、オーソドックなものを使用しているのだが、YouTube上の名前は「鶏皮しか食べないおじさん」だ。いかにも「冗談」を言いそうである。

また、イチナナライブは基本的に冗談はあまり飛ばない場だ。特に配信主とコメント主の性別が違う場合は顕著にその傾向が見受けられる。

Brenton Tarrantは「これは釣りだぜ」とポーズをとりながら人を殺した

内田樹はよく「メタ・メッセージ」を話題に出す。「メタ・メッセージ」とは、一義的な解釈が求められ、「メッセージ=コンテンツ=発話内容」の条件付け、位置づけ、基礎、階層、発話者の意図・態度などを決定する「メッセージの上位に位置づけられるようなメッセージ」のことを指している。

冗談をいうときに、今から冗談を言いますよと宣言する人間はいない。

その人のキャラクター(キャラクターは、過去の累積データによって、無意識のうちに分類される)や、お笑い芸人というタグ・情報、あるいはバラエティ番組という空間かどうか、酒の場であるという空間かどうか、表情と身振り手振りによって、ーー文脈によって、冗談であるか否かは、メッセージを受け取った人によって判断される。

怒りをポップ化するものとは

バラエティ番組でよく「ポップ」という言葉が飛び交っている。雑多な概念を包括した言葉(多義的な言葉)だとは思うが、「トークがポップである」というのは、「あなたの言葉は、軽やかで、人々を真剣に考えこませたり、人々の心を傷つけない」ということを言っている。

では、罵詈雑言を「ポップ」化するためには、どうしたらいいのか?

一つ目の方法は、「この人は、どれだけ怒ろうと殴らない人だ」と判断されることだ。肉体的暴力を振るわない、メッセージを受け取る演者あるいは視聴者・観客の心にダメージを与えるようなメッセージを送らない。こういったやりとりを、長年繰り返す。

二つ目の方法は、言語外情報で「これは冗談である」というメッセージを同時に送ることだ。例えば、着ぐるみを着てみる。他には、さわやかな笑顔をしてみる。言語外情報とは言えないかも知れないが、古風な言葉で怒ってみせる。

罵詈雑言をポップ化すべきか?

恨みつらみ・怨恨の言葉を笑いにするためには、どうすればいいのか?笑いとは緊張の緩和だと桂枝雀が述べたが、これは心理的な抑圧からの開放と言い換えることもできる。

恨みつらみ・怨恨の言葉は、シリアスに受け取られてはいけない。それは、「脅かし」として認識されるからだ。国家転覆を企てることは罪だが、冗談ならそれも法律で取り締まられたりしない。

我々は2つの感情を同時に認識できるのだろうか?

言説は罵詈雑言(内田樹風に言うなら「呪い」)なのに、身振り手振りや言外情報は「私は真剣ではありません」と発している人がいるとする。

我々は、2つの感情を同時に認識できるのだろうか?また、「心理的抑圧」と「心理的開放」は同時に起きうるのか?この2つに関しては、また別稿で考察が必要だろう。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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