音楽理論の目的と禁則について【第二回】

クラシック音楽にしろポップスにしろ、楽器が違うことも多いが、メロディは基本的に反復される。

メロディを反復しない場合だって、リズムは通常反復している。

(リズムの反復、メロディの反復を排除しようとすると、トータルセリエリズムになる)

「繰り返している」「繰り返していない」と判断を下す線引きも難しい。

(最近思っているのは、トータルセリエリズムで作られたピアノ作品があったとして、その作品はピアノの”音”=トーン・音色を繰り返しているのではないかということ)

ヒンデミットは無調音楽は存在しないと言ったが、これは”音が2つ現れたとき、必ずそこに(支配)関係が生じるので(主音・属音の関係)、無調というのは存在しないとの主張である。言っていることはよく分からないが、お題目を覚えるようにしてそれを覚えている。

メロディがそこにあれば、そこに必ず「核」のようなものが生じるので、聴衆が看取できるかどうかに関わらず、無調=調性からの解放=音程(音の高さ)の支配関係からの解放 は存在しないとの主張である。

継続する単音で人は感動できるか

倍音も何もない一つの単音・単旋律があったとして、それがずっと続いたとする。

それに感動する人はいるだろうか? いるかも知れないが、私にその経験はない。

二つの音なら? その経験もない。

では、一つの音の変化(または、あらたな音の登場)なら? それでもまだだ。なんのこっちゃ分からない。

最低でも、4つくらいの”変化”が必要だと睨んでいる。

基音と倍音と感動

メロディ(基音と倍音) 

リズム

ハーモニー

音楽の基本要素である。もちろん、ドラムのソロ曲など、メロディを人間が感知しないタイプの曲もある。

ドラムにもチューニングはある。基音と倍音も設定できる)

ルネサンス時代の西洋において、ハーモニーというとは教会音楽・合唱において顕著に見られ、逆に世俗的な音楽はリズムとメロディにフォーカスしていた。

(吉松隆曰く、この二つがタッグを組みクラシック音楽が誕生したそうな)

音は基本(その音の一番低い音)と、倍音(音の広がり)でなりたっており、その音が整数比により近ければ神々しい澄んだ音になり、非整数次倍音ならば”歪み”は大きくなる。

メタルのディストーションに典型的だが、韓国などの伝統音楽にも非整数次倍音は顕著である。

人の心を動かせる(”うんざりさせる”を除き)ために、整数次倍音(もちろん、厳密には存在しない音色である)である必要はない。メタル、韓国の伝統音楽、インドの伝統音楽、舞楽……。

むしろ、人間らしさを感じさせるのは非整数次倍音だろう。

コード進行という概念

コードは日本語にすると和音だが、コード進行というものの全貌を私は分かっていない。

だが、コード進行というのは始まりは即興演奏=即興作曲のためのルール(バロック時代における通奏低音)であることは分かっている。

それと、コード進行ではなく正確にはコード理論による公理・前提条件「旋律はどう終われば収まりが良いと一般的に人は感じるのか」という音楽心理学であることも最近わかった。

(民族音楽なんか、そんな風には終わらない)

つまり、コード進行にしたがっていれば、心地よい・人が不自然と感じない和音・メロディの旋律が作れる。職人的だなと思う。

セリー音楽なんかを聴いてると、古典派音楽理論における禁則だとかどうでも良くなってくる。

ただ、セリー音楽にはセリー音楽なりに、調性をかんじさせないようにするための禁則がいっぱいある。

見方を変えれば、調性感の回避を志向しなければ、別にその禁則は破って良い。

音楽理論の目的と禁則

セリー音楽が12音をアタックの強さを含めルールを定めるのは、調性=旧弊=古い表現方法から離れことを目的としている。

セリー音楽に対する批判として大きいのは、それは禁則破りのための禁則破りであって、芸術のための理論ではないかという知見。

言い換えれば、「理論が自己目的化しているのではないか」という問い。

そもそも、聞いていてあんまり楽しくない。

結局、セリー音楽はどの作品も聴取感が一緒になるという批判にさらされ続け、ファーニホウなどの一部生き残りはいるが、楽譜の上では革新的でも、聴いてる限りはなんのこっちゃ分からない音楽が横行していた状況が変わり、調性音楽も復権した。

最近思うのは、テクノロジーの発展によって、読譜+聴取して初めてなんのこっちゃ分かる現代音楽が、今よりは息を吹き返すのではないかということ。

YouTubeに沢山の楽譜つき演奏動画があるが、あれは新たなタイプの音楽体験だろう。少なくとも、一般人が気軽に楽譜にアクセスできる状況は、理論的なバックボーンのある作品に対して有利に働く。

シュトックハウゼンのピアノ作品なんかは、実際の作品よりも楽譜が面白い。これが音楽の楽しみかどうかは分からないが。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@yamakawa6500
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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