ギャンブル破産と宗教破産の違い

ギャンブル依存やアルコール依存と、宗教団体へのお布施・献金を比較し、「同じようなものだ」とする・見做すのは、止した方が良い。

(そもそもの話だが、ギャンブル依存やアルコール依存にしても、本人の同意なしに強制入院させることはできないのだ)

宗教信徒は多くの場合悪人ではない

パチンコ・競馬で全財産をスるような人は、一般通念から鑑みて悪人だろう。己の愉楽・悦楽のために資産を浪費するような人間だからだ。

アルコールにしても同じである。愛人に貢いだ両親に関しても同様だろう。彼らは家族・子どもよりも己の欲望を優先したものらだ。

悪人と目されうる両親と縁を切る、それすら難しいのだ。虐待されても多くの子供は親を愛している。況や「善人」。「私」を思って生活を捧げている両親と絶縁すること。

善人に精神的虐待を、良心から発せられた行為を拒否しなければならない。宗教二世の辛いところである。

アホと薄情者と悪人

シェルターや駆け込み寺の問題ではない。宗教二世の多くは軟禁されてるわけでもないからだ。少なくとも先進国に於いては。

逃げようと思えばいつでも逃げられるのだ。少なくとも大学生以降は。

構造的には、ゲイフレンドリーコミュニティに行って説法を行う牧師と同じである。牧師は、同性愛者を殺したいわけではない。改心して欲しくて説法・説教を行なっている。イスラム国は同性愛者をビルから突き落として処刑したが、反同性愛の宗教指導者であっても、同性愛者が死刑に値すると解釈している方々は少数派である。

子供にどれほど嫌われようと、死んだ後は感謝されると思っている。

家族愛と先祖供養

一つの大きな問題。我々は先祖と交信できないのだ。先祖があの世で苦しんでいるのか、それともあの世がないのか我々は知ることができない。

冥銭もそうだが、あれだって霊感商法である。

何をすれば、何を捧げれば、冥福=永遠の幸福を与えられるのか、享受できるのか。理論は未だ定立できていない。

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桜田真助
  • 桜田真助
  • Twitterアカウント:@kingofgatayama
    92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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