ボキャブラリーと知性の比例曲線

素朴実在論という言葉を知っていれば、素朴実在論的な世界観で生きる可能性は減る。陰謀論という言葉を知っていれば、陰謀論的世界観で生きる可能性は減る。

とすると、学校教育でこれらの言葉を仮に徹底的に教えたとすると、その後におかしな信念信望・歴史観を抱く割合を減らせるだろうか?

そうは思えない。

散々、生き物の部位の名前だとか、植物の分類方法、サインコサインだとかを学校で習ったということは覚えていても、細部まで思い出せない。私に限って言えば、素数が何を指すのかすら忘れてしまった。

しかし、「なんとなく存在を知っている」だけでも、それを利用して知的活動を推し進めることはできる。少し理屈はジャンプするが、なぜ重力が存在するのか分からなくとも、投石機は作れるのだ。

高貴な嘘

友達の婚約者がブサイクだったとして、その写真を見たときに「うわーブサイクですね」と言う人は、徳がない。嘘も方便である。英語圏だと、「White lie」というらしい。

実際のところ、明確な意思をもって「衆愚政治」あるいは「愚民化計画」は行われているのだろうか?「高貴な嘘」を、政治家はコンスタントについているのだろうか?

断言は避けよう。しかし、自民党の「スパイ防止法」制定と憲法改正は、来たる一党独裁・ファシスト国家樹立のための布陣を整えているとの仮定の、妥当性を判断できるほどの能力が自分にはない。

さんざんこのサイトで、「陰謀論」の危険性と、それに陥ることのないようにと説いてきたが、もしも与党・政府が計画的・意図的に「愚民化政策」を行っていたとしたら、陰謀論の危険性を説くことが、日本国民の愚民化政策に協力していることになる。

機能を見る

プロパガンダというワードがあるが、この世界にあるもののうち、政治的でないものは存在しない。そして、「意図」「気持ち」を推測していってもキリがないので、社会学的に/統計的なセンスをもって「この《A》は、結果的に国民を《B》から目を逸らさせている」と、機能面だけを見れば、我々は何かを語ることができる。

その「嘘」が高貴(善意から来る意図的な)なものであったかどうかは語らず、その嘘がどのような概念・意識を人に与えたかを考えることは可能だ。

保留することが好きな人を増やす

まとめサイトかなんかで「コスパ」「コスパが悪い」「コスパ厨」だとか、コストパフォーマンスを重視する人の存在と、それを揶揄する人との間で中傷合戦がよく繰り広げられている。

コスパの面から言えば、本(電子書籍含む)の優秀性は際立っている。難しい本を一冊買えば、何ヶ月とそれと格闘できる。

「読書家を増やすことが、世界平和に繋がる」という命題は、ナンセンスだろうか?

非常に思想的に偏った本(バイアスのかかったもの)、娯楽本であろうと、読んでいない者よりは「知的水準」は高いだろう。具体的に言えば、本を沢山読んでいるネトウヨは、読んでいないネトウヨよりも話は通じる。本を読むという行為は、それなりに負担のかかる行為だ。

不安定な状態に身をおくことに耐えられないと、ヒステリックが起こる。「これかもしれない」「あれかもしれない」という仮定をいくつも建てられて、確定しない状況に耐えられる人を増やしていけば、短絡的なヘイトクライムなんかは間違いなく減る。ただ、心を病む人は増えるかも知れない。

義務教育と税金

エルサルバドルあるいはヨハネスブルグの夜に、貴金属のアクセサリーを身に着けて、人気のない道をひとり歩いて行けば、間違いなく強盗に襲われる。殺されるかも知れない。

そこで恐怖なく道を歩けるような人間は、長生きできないだろう。臆病さは美徳にもなり得る。

謙虚なふりをしている人間が本当に嫌いだが、恐怖を抱くように謙虚を抱ける人は尊敬する。私はまだそうなれていない。

「今、目の前にあるこの本を読まなければ、人生を失ってしまうかも知れない」と思えれば、どれほど良いだろうか。

(昔、アメリカでは大資本家に対して「義務教育を実施すれば、頭の悪い人が減って、結果的にあなたの会社・組織は得する」と説得したらしい。本当なのか?)

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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