人はなぜ笑うのか?どういったときに笑うのか?それを知りたい

noteをはじめようと思っている。そこは、ここみたいに支離滅裂でとりとめのない文章ではなく、きちんと構成と段落(章組み)のあるものを投稿したい。

書こうとしているテーマは「笑い」。お笑い芸人だとかバラエティの裏側を観察するのではなく、ほんとうに「笑い」についてだ。

僕は子供の頃からお調子者で、皆の前でなにかひょうきんなこと、突拍子もない事をするのが好きだった。今はあんまり好きじゃない。

すべったりうけたりしたが、その2つは何が違っていたのか。同じ話が二度同じようにうけないのはなぜなのかなど知りたい。

少し気取っているが、箇条書きで「笑い」について述べる

  • 笑いとは、緊張の緩和である(桂枝雀のことば)
  • 笑いは無意識の反応である
  • 笑いは持続せず、一瞬の「感情」である
  • 笑いは、その非持続性ゆえに、「悲しみ」あるいは「怒り」などと性質が異なる
  • 笑いは、性質の上では「驚き」に近い
  • 人は、ハプニング>フィクションの順に笑いやすい
  • コメディは、「フィクション」なのか「ノンフィクション」であるのかにより、大きく性質が異なる

かなり粗いが、概念を分類したり精査したりして、アップデートと理論の構築をしていきたい。

新概念の必要性

笑いの理論を構築するに当たり、新しい概念が必要だと感じる。たとえば

  • ハプニング的な笑いを提供する「作品」と、「コメディ」を志向してできた作品をくくれることば。

対立概念というか、二項対立的に「コメディ」を措定しなければ、笑いの理論を構築できないと思う。もちろん、人によって「笑える」「笑えない」の違いはあるのだけど、仮にであっても二項対立をぶちあげることが、道を切り開く一歩だ。

コメディの対立概念・反対概念は悲劇ともできるが、笑いの対義語が悲しみでいいのだろうかと疑問も残る。

笑いの対義語として、「恐怖」を措定すると、より正確な理論が構築できないだろうか?

コメディの対立概念として、「ホラー」を据えて、笑いの理論を構築してみようと志を立てている。

(追記:noteを始めるのは先延ばしにした)

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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