「正しい」ことを前提に証明したとて

議論内容が専門的で込み入っており、素人・一般人には到底わかりそうにない意見交換が飛び交うディベート動画を、たまにYouTubeで鑑賞している(もちろん私にも議論内容は分からない)。

こういったとき、コメント欄において話者の話し方のクセだとか、「この二人はフェミニストと違って議論が文明的だ」だとか、クソくだらないコメントが書き込まれている。

私にように素直に「よく分からなかった」と言えばいいものを、”よく分からなかった”と書き込むのを無意識的にさけ、本質と関わりがない表層をピックアップし、自分がバカである可能性から目を背ける。

「このオッサンの服めっちゃ汚い」というのは、「私はバカではない」の言い換えである。

「時間を無駄にしたくない」と思うこと

「処世術として謙虚な言動・立ち振る舞いをしてほしくない」とたまに思う。外面上は傲慢に映ったとしても、人には謙虚であって欲しい。

言い換えれば「ほんとうの謙虚さをもっと欲しい」になるだろうが、正直「ほんとうの謙虚さってどんなのですが」という質問に私は答えられない。

牧師の説法じみてしまうが、「あなたは目の前のアリがなぜ動けるのか。重力がなぜ存在するのか。宇宙の始まったときを知らないのに、なぜ何もかも分かったような気でいるのか?」と、傲慢な人に投げかけたい。

我々は何も知らないのと同じである。

「正しい」という前提から始めること

「わたしは正しい」あるいは「我々は正しい」「Xは正しい」という前提から始めると、けったいな結論が導き出される。

おんなじ政策なのに、民主党がやると「それで、予算はどこから持って来るの?」といい、自民党がやると称賛する。「ユダヤ人は世界をコントロールしている」から始まり、近所の普通のにこやかなユダヤ人住民は「悪魔の顔を隠している」「ユダヤ人は全てを隠す」。

しかし、どんな思考も必ず始発点となる前提がある。それを「権威」と呼んでも構わない。親子で口論がヒートアップした後、親が「誰のおかげで飯が食えてるんだ」というのは、敗北宣言ではない。「扶養されているものの発言は、正しくとも価値がない」という宣言でもない。

前提からして、「私は正しい」「子どもは間違っている」からスタートしているだけだ。

もちろん、例外はある。方法論的に子どもに権威を振りかざせる親は、良き親あるいはサイコパスのどちらかだろう。

理論上は完璧であっても、前提が間違っていれば望んだ研究結果は得られない。

(追記:この立場を、可謬主義というらしい)

架空請求業者はアホではない

「弁護士YouTuber」のクボタさんが、非常に興味深いことを動画内で語っていた。

「架空請求業者のハガキの文面は、非常にアホらしく、頭のいい人ならひっかからないようなものである。しかし、ハガキの文面を考えた人は頭がわるいわけではなく、あえて頭のいい人ならすぐに詐欺だと気づけるような文書に仕立て上げ、ハガキの受取人をふるいにかけけている。スクリーニングしている。なぜなら、「頭のいい人」は、最初に少し引っかかったとしても、お金を振り込むまで到達しないからである」

参考(?):https://www.youtube.com/watch?v=BKrRMAZO4dE

解釈・説明付け足しを少々私の方で加えているが、トータルでこのようなことを言っていた。

「あえて頭のわるいフリ・言動をして、頭の悪い人だけを選別する」戦略は、もしかすると我々の思っているより余程一般的な可能性はないか?”ビデオゲームの女性差別・女性蔑視”を糾弾したアニータ・サーカシアンは、穴だらけのロジックを使ったが、もしかするとそのスクリーニングを行っているのではないか?”日本ウィ紀”と散々揶揄された百田尚樹の「日本国紀」の論理的破綻が、スクリーニングである可能性はあるだろうか?

うがち過ぎというか、陰謀論じみているのは自覚がある。

しかし、”活動家”が、ある特定の社会領域に達成あるいは改革、改善を目的に設定し活動している人物が、己が展開する”理論”にとって都合の悪いデータを意図的に隠す・操作する行為はごくごくありふれている。

活動家の大半はキレ者である。理論的破綻が見られたからといって、直ちに「こいつはバカだ」と思わないほうがいい。その活動家が社会的権力を握る可能性、あるいは社会的覇権を握る可能性はあるからだ。

リーサルウェポンは「フェイクニュース」「捏造」

自説に論理的破綻が見られても、最終兵器を使えば問題は解決する。

例えば、古代エジプトのファラオは、DNA鑑定によって黒人ではなくアラブ系・中東系の人間であると”証明”された。自然科学の権威は高い。

エジプトの壁画に書かれた人物は黒い、黒人は原初の人間なのだから高度なテクノロジーをもっていて当然だ、エジプトから出土したファラオの仮面は肌が黒く唇が分厚く目が大きい、これは黒人だ。などなど。

“DNAは捏造だ”という前提を導入すれば、”古代エジプトのファラオ黒人説”は完成する。

対抗者が「在日」「反日」「左翼」「パヨク」「工作員」であるという前提を導入すれば、貴方の勝利は決定する。

「8.6秒バズーカ」の悲劇を私は忘れない。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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