YouTuberはタレント気取りではなく、一般人を気取っている

「一般人」は、街を歩いていて見知らぬ人に握手や写真を求められたりしない。配信に何万人も集まったりしないし、グッズを販売することはない。

(「ファンが家に来る」連中に、一般人は名乗れない)

「YouTuberはタレントを気取ってる」と批判されるが、僕の知る限り彼らは必要以上に低姿勢で、その様は卑屈に映るほど。

「調子に乗っている」だとか、「タレント気取りだ」だとか、「天狗」「勘違い」と言われないように、YouTuber含め著名人は必要以上に卑屈だと思う。

芸能人を気取っていて、なおかつ面白いやつはどこかにいないのか?

少しでも偉そうにしていたら、おそらく鬼のように叩かれるのだろう。

(「少しでも偉そうにしていたら」の例には相応しくないが、エッグ矢沢はプライドの高さがにじみ出ていた)

僕はエラそうなやつも、ペダンティックなやつも嫌いではなく、むしろ好きだ。「どんな才能があるんだろう?」と、ワクワクさせてくれるからである。

あまりに内容が伴っていないとがっかりするが、少々未熟な程度なら受け入れられる。

かわいげのあるビッグマウスは皆好きではないか?

「芸能人気取り」を批判する人間は、芸能人になりたい人間ではないか?

「芸能人」が蔑まれる肩書・仕事ならば、芸能人を気取っても誰もなんとも思わないはずだ。芸能人気取りを批判する人間の心中は、嫉妬と羨望がうずまいているに違いないだろう。彼らだって普通の人間なのに。

我々もなにかを気取っているのではないでしょうか。居酒屋などで友達と飲んでいると、社会人なら必ず仕事論になる。僕なんかは、あれも「社長気取り」してる気になる。

個人事業主でも社長でもないのに、仕事を熱く語ってどうするんでしょう?奴隷であることを誇ってどうするのだと思ってしまう。自分でリスクを負って事業を始める気もないやつが、ビジネスを語るのは「イタい」と思ってしまう。

ビッグマウス芸なるものを誰か確立してくれ

本田圭佑とか、オリラジの中田だとか、ウーマン村本だとか、ビッグマウスでなおかつ目的に向かって努力する人は好きだ。口だけのやつは私を含め嫌いである。

奴隷の美徳

陰謀論じみているが、「労働の尊さ」「勤労礼賛」あるいは「女性らしさ」「女性の優雅な振る舞い」などは、「奴隷の美徳」に過ぎないと主張する人は少なくない。もう少し一般的な言葉でいうと、「奴隷根性」だろうか。

権威主義的パーソナリティという言葉があるが、強者に感情移入したり、権威を自分の一部のように感じてしまうのは、別に珍しくない。

「美徳や道徳というのは、権力者に都合のいいように出来ている」これには同意する。しかし、「権力者」というのは、「権威」と読むべきであり、権威は何も政府だけを指すのではなく、教会組織や「村の有力者」なども該当する。

新宗教の教祖は、基本的に本気で信じている(もちろん例外はある)。民衆の行動様式は、巨大な一個の悪意によってコードを書かれていると認識してしまうと、ユダヤ陰謀論と何も変わらなくなる。

しかし、「権力者は、自分に都合の良い『道徳』を礼賛する」のは間違いないだろう。権威を脅かすものは、必ず反発を食らう。カトリックとプロテスタント、空手と極真空手、ソフトバンクとAU……」

 

経営者から「経営者目線をもて」と言われて、それをマトモに受け取る奴ほど哀れな存在はないだろう。労働者目線で徹底的に考えるべきなのだ。仕事の「属人化」は、リストラから身を守る手段である。

桜田真助
  • 桜田真助
  • 92年大阪生まれ。なにもかも分かったような気に最近なっていて、これはダメだなと焦って疑問を探している。プロフィール画像は友人(@leilamarinacb)から頂きました。

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